さくら、さくら
君は興味がないかもしれないけれど、持って行こう。
君に似合わないかもしれないけれど、持って行こう。
君が笑ってくれるかもしれないから、持って行こう。
毎年、この季節になると思い出す。あの花を見ると思い出す。
「なぁ元就」
隣を歩く小さな肩についた薄い花弁を指先で摘む。いつもの事で返事はない。
「お前に初めて逢った時もこんなんだったなぁ…」
くすりと一つ微笑を落として花弁を見つめた。
あれはまだ幼い頃。親の都合でこちらに越して来たばかりで友達も居なかった自分が初めて逢った子供。
自分の家の斜め向かいに小さな公園があり、そのベンチでいつもつまらなさそうに本を読んでる子。
窓からいつも見ていた。何故だか気になって。
子供達の楽しそうな笑い声から切り離された空間に、ぽつりと寂しそうに座っている彼に近づきたいと思った。
彼は自分と同じで、あまり躯が丈夫ではないのだろうか。
「ねぇ」
気付いたら声をかけていた。相変わらず彼はベンチに座って本を読んでいたけど、こちらには目を向け様ともしない。
耳が聞こえないのだろうか?だからいつも公園の子供達と一緒に遊ばないのだろうか?
「…ねぇ」
少し、躊躇った後に勇気を出しておずおずと彼の本を持つ手に、自分のそれを重ねた。
―パンっ
一瞬、何が起きたのか解らなかった。不機嫌そうに歪められた眉と、刺すような視線。
それにじんじんと痺れる重ねた方の手。
「…我に触れるな」
低い声でそう告げられてからやっと自分の手の痺れは、彼の手によって生み出された物だと気付いた。
でもそんなのはどうでも良かった。
凛とした、何処か気位の高さを漂わせた、自分が想像していたよりもずっと綺麗な声を聞いてしまったから。
「綺麗な声だね」
そう思ったままを呟くと、彼の切れ長の目が少し見開いた。
「…」
彼の表情を垣間見た、と思ったけど彼はそれからまた無表情に代わってしまって。彼の目はまた手元の本へと戻っていた。
あれから。毎日毎日彼の元へと通い詰めた。最初の日から彼の態度は一向に変わらなかったけど、解った事は多い。
彼が公園に現われるのは昼を少し回ってから。
彼の指定席であるベンチは桜の樹の真下で、彼はその花が好き。
無表情に見えて実は結構目に感情が表れてる。
自分以外に興味がない様に見えて、周りの小さな子供達にもちゃんと目を配ってるし。
それから…
意外と寂しがり屋なんだ。
小さな子供が親に迎えられて、手を繋いで一緒に帰る。
そんなどこにでもいる親子を見た時の彼の目は何とも言えない、暗い色をしてる。
見てるこっちが泣きたくなる様な…。
「坊ちゃま」
ある日。初めて彼が帰るまで粘っていた時だ。黒い服を着た人の良さそうなお爺さんが、彼をそう呼んだ。
「…何の用だ?」
おや、と思った。口調はきついものの、お爺さんに向ける彼の目はひどく優しかった。
「奥様が呼んでらっしゃいます」
「兄上ではいけないのか?」
「どうしても元就様でないといけないと仰られて…」
お爺さんの言葉に彼は溜息を吐いて本を閉じると、足早に帰ってしまった。その後を慌ててお爺さんもついて行く。
―――…元就って言うんだ、あいつ。坊ちゃまって言われてたし、良い所の子供みたいだ。
何となく。不意に魔が差したと言うのか、ちょっとした悪戯心と好奇心が頭を擡げてしまって。
隠れるように二人の後をこっそりとついて行くとそれ程遠くない所で二人は消えた。
「げっ…」
そこは吃驚する位大きなお屋敷で、二人が消えた後の門は固く閉ざされていた。
ぐるりと囲まれた高い塀に中は簡単に窺えなかったけれど、屋敷の二階に元就の姿が見えた。
あそこが彼の部屋だろうか?
しばらく見ていると元就の姿は消え、只しん、とした静寂が辺りを包み、どこか寒々とした家に感じた。
それから数日、元就は公園には来なかった。
体調でも崩したのだろうか?それとも外に出る事が出来ないのだろうか?
桜はもう葉桜へと変わり始めていた。
今日もいつもの時間になっても、夜に近づいても彼が来ないのに何故か胸がざわついて。
机の上に用意しておいた鞄を取ると家を飛び出した。向かった先は元就の屋敷。
塀の近くからこの間の部屋を見上げると―――いた、元就だ。ぼんやりとした灯りの下、どこか覇気のない顔。
いてもたってもいられなくて屋敷の周りをぐるりと回ると、隣の家から伸びた樹の枝が塀にかかっているのを見つけた。
迷う間もなく、樹を登って塀に降り立つ。
そのまま一階の屋根に登ると、元就の部屋までそぅっと移動する。緊張して、胸がドキドキ言った。
―コン、コン
思いきって部屋の窓を叩くと、驚いた顔をして元就が近寄って来た。
「一体何を…!」
「しっ」
小声で制すると、元就もはっと口元を手で覆う。
「…ここの所ずっと公園に来てなかったからさ、心配になっちゃって」
言いながらおず、と彼の顔を見ると顰めた眉根とは反対に切れ長の目元がほんのり赤く見えた。
「体調悪いのかと思って…お見舞い」
「我に…?」
一つ頷いて、鞄を手渡すと当惑した手つきで鞄を開ける。
「これは…」
「もう、緑になってきちゃったから」
鞄の中にはぎっしりと詰め込んだ桜。白い指が花弁を摘む。
「元就、桜好きだろ?」
「何故我の名を知っている?」
「あ…前に…お爺さんが言ってたのを聞いて…」
しどろもどろで答えると、フと口元を緩めた元就と目が合う。
初めて笑った―――!!
「名を何と言う?」
「元親。長曾我部元親」
「…元親か。礼を言うぞ」
そう言うと元就は…ぴしゃりと窓を閉めた。
「え…?!」
窓を隔てた向こうではくつくつと笑う元就の姿。
「えぇーーーーーっ?!」
そこから、二人の関係は始まった。
「思い出してもお前の底意地の悪さには腹が立つぜ」
「何を言うか不法侵入者が」
こうして軽い口調で言い合いが出来るのはきっと自分だけだ。そう思うと口元が綻ぶ。
「これも桜の思し召しってな」
「貴様の執念の塊だろう」
元親は知らない。
あの時の桜の押し花を元就はこっそりと大事に持っている事を。
無理矢理終わらせた感たっぷり☆(死
しかも桜うまく使えてNeー