遠くで雷が鳴っている。
ふと気付いて空を見上げれば、先程までの快晴はどこへやら。どんよりとした濃淡の灰色の雲が空を埋め尽くしにかかっていた。
そう言えば今朝のニュースで台風が来るとか、言っていた気がする。
「早く帰ろ」
言い聞かす様に呟いて、両手の袋を抱え直して走り出した。
「雨?」
ぽつ、と鼻の頭に大粒の水滴が降ってきた。
見上げるとどんよりとした雲がたちこめていて、咄嗟に建物の下に走ったが間に合わなかった。
「最低…」
唐突に振り出した大粒の雨は、それこそ滝の様に激しくて。ぐっしょりと濡れてしまって、シャツが肌に張り付いて気持ちが悪い。
「どーすっかな…」
生憎と傘は持って来ていないし、置き傘をする様な性格でもない。取るべき行動は一つだった。
「あ、俺。ちょっと迎えに来てくんね?」
携帯の向こうからは今さっき帰って来た所だと、不満そうな声が返って来る。
「俺が風邪引いても良いのかよ?まだ学校に居っから」
それだけ告げると、携帯を切ってやる。
まだ雨は止みそうにない。
荷物を置いて洗濯物を取り込むと同時に、バケツを引っ繰り返した様な雨が降ってきた。と、同時にポケットの中にある物が存在を主張する様に振動する。
ディスプレイを見るまでもなく、相手は一人しか居ない。
「何ー?」
向こうからは酷い雨音と、想像通りの声。
「迎えに?だから再三、置き傘しときなさいって言ってるのにー。俺様今さっき帰って来た所なんだよー?」
相手がやいやい言っていると、唐突に大きな雷鳴が轟いて電話が切れてしまった。
「もー…しょーがないなぁ」
そう言いつつも実は迎えに行く事ももう既に考えていたし、本当はそんなに嫌じゃない。自分と色違いの傘を掴んで、まだ長く止まないであろう雨の中に足を踏み出した。
「真田?」
「政宗殿!」
学校の玄関、下駄箱を背に立つ見知った尻尾。
「お前も足止めか?」
「はい。まさかこの様に降るとは…政宗殿もですか?」
「Yes」
真田の事だから、少々の雨なら気にせず走って帰るだろうが…この雨じゃな。思わず空に舌打ちが出る。
「政宗殿、びしょ濡れでは御座らぬか!」
「…お前もだろーが」
どうやらお互い帰ろうとした時に降られたらしい。何とも間の悪い事だ。
「ま、学校近くて助かったな」
二人してぼんやりと外を眺めていると、色鮮やかな緑色の傘が、雨煙の向こうに見えた。
「ん?」
「佐助で御座るぅっ!!」
大分近くまで来た男は見知った顔だった。
「Ah、真田の保護者」
「…その言い方はないでしょ」
柔和な顔をした青年は苦笑しながら真田の頭を叩いている。
「だから置き傘しときなさいって言ったのにもう…」
「申し訳ないで御座る…」
「こんなにびしょ濡れで…いくら馬鹿は風邪引かないって言ってもねぇ、限度ってもんがあるんだよ?」
「佐助…!酷いで御座るよ!!」
…何だこの親子は。フイと視線を外せば見慣れた顔が視界に映った。
「…ち…」
名を呼ぼうとして頭に鈍痛が走る。
「痛っ!!!」
「この馬鹿!何で俺がお前の迎えに来なきゃなんねーんだよ!」
「Shit!痛ぇじゃねぇかっ!」
「んっとによぅ…風邪引くぞ」
俺を叩いた無骨な手は一転、優しく自分の来ている上着をかけてくれる。
「…早く帰って風呂入んねぇとな」
「あーらら、チカちゃんてば優しいー」
不意に割って入ってきたのは、真田の保護者。ちらりと視線を向ければニヤニヤと笑って元親を見ている。
「Ah?お前等知り合いか?」
「まぁねー、チカちゃんと俺様高校からの仲だから」
そう言って緑の男は笑った。
まさか、こんな所で逢うとは思わなかったけど。
「元親殿、お久しぶりに御座います」
「手前も知り合いかよ」
「はい、元親殿は何度か家に来られましたから」
「Ah…I see」
そう言えば…伊達ちゃんとチカちゃんが一緒に居る所は見たことなかったな。
伊達ちゃんが家に遊びに来る事はあるし、チカちゃんが来る事もあるけど…鉢合わせた事ないし。
「ま、こんなずぶ濡れな子達一緒で長話も何だしさ、今日はもう帰ろっか」
そう切り出すと、どことなく居心地の悪そうなチカちゃんが頷いた。
「風邪引いたらいけねぇしな」
そう言って二人は先に帰って行った。
「政宗殿!また明日で御座るー!!」
「明日は休みでしょーが」
傘を開きながら言うと、照れた様に笑って同じ傘に入ってくる。
「一応、二本持って来たんだけどね」
「置き傘にするで御座るよ」
愛用の赤い傘を下駄箱の横にある傘立てに突っ込んで、可愛らしく笑った。
「じゃ、帰ろっか」
相合傘も悪くないな、なんて。
きっと皆思ってるんだろうね。
特筆はないですけど、政宗、幸村共に女の子ですー。