冷えた手 伝わる温もり
雨。
絹糸の様に細く纏わりつく雨に、この体の温度を全て奪われそうな感覚に陥る。
髪を伝い、頬を伝い、生を奪い、地に落ちる無数の雫。
一体どれ程長く打たれていたのだろう。体の震えを覚えて我に返る。
「政宗殿?」
不意に名を呼ばれ振り返ると、雨煙の中でも鮮やかに目に入る赤。
「幸村…」
「風邪を引かれてしまいますぞ」
静かな声で、しかし慌てて傘を差し出す。
「構わねぇよ」
つい、と差し出されたそれを押し返すとその手を、掴まれた。
己が濡れるのも構わず、傘の下に引き込むと手を包まれる。
「随分と冷えてしまわれて…」
慈しむ様な声に、くらりと眩暈がする。
「触るな」
低い声が、零れた。
眩暈に任せて吐いた言葉に慌てて口元を覆う。振り払った手が痛い。
「政宗殿―――…?」
怪訝そうに此方を窺う瞳。だがその奥に畏怖や怒りは見て取れない。
「何処かお加減が悪いのですか?」
嗚呼、何故そんなにも無条件に他人を慈しめる?
握り締めた拳が、見えていない訳が無いだろう?
「っ!」
そっと、拳を手に取られる。
まじまじと見つめ、自分のそれが震えている事に漸く気付く。
「何をそんなに怯えておられるのです」
真っ直ぐに見つめる瞳に、ずしりと重く響く言葉。
「Ha!怯える?俺が?」
有り得ない。命を賭した戦場ですら怯えた事なんて無いのに。
No kidding!と吐き捨てて幸村の肩を押す。
「―――…人の心の弱さは、思い掛けない所で見え隠れするもので御座る」
背に投げつけられた言葉に、思わず血が昇るのを感じた。
ばしゃっ―――…!
「何が解るって言うんだっ!!」
目の前にはぎゅっと口を真一文字に引き結んだ幸村と、雨によってぬかるんだ地面。
「日向で育った手前に何が解るっ!!人の汚さをっ―――自分の穢れを見た事もねぇ癖にっ!!」
止めろ止めろ止めろ止めろ止めろっ!!!
ぎりぎりと幸村の襟を締め上げる手が、また震えている。
「某は―――…」
そっと頬に伸ばされた手に反射的に身を引く。
「某は確かに政宗殿の様な苦労をした事は御座らん」
締め付けられた襟はそのままに幸村は真っ直ぐに俺を見据える。
「それでも人の汚さも、己の穢れも多少は見てきたつもりで御座る」
言葉を選ぶ様に、静かに言葉を落とす。
あれ程五月蝿く聞えていた雨音よりも、静かな幸村の声に引き込まれていく。
「政宗殿。怯える事は悪い事では御座らん。弱さを隠すのが強さでも無いと、某は思うのです」
ゆっくりと体を起こすと、震えた手をそっと襟元から外す。
「某に、教えては下さりませぬか?」
鼻を擽るのは雨と、泥と、日向の匂い。
気付けば幸村の肩に、顔を埋めていた。
頬を伝うのは、雨か涙か。
「…政宗殿」
少し、遠慮がちに背に回された手がゆっくりと上下に動く。
「某では力不足かも知れませぬが、某に受け止められるだけ、受け止めるで御座る」
嗚呼。
コイツは本当に聡いな。
いつもは無邪気で抜けてて、頼りなさそうではあるが、こんなにも大人だ。
片意地張って、いつまでも幼い自分を抱えて離せなかったのは己の方かも知れない。
「幸村…」
お互い冷えている筈の体で、温もりを感じる。
「風邪―――…引いちまうな」
その言葉に幸村は「そうで御座るな」と微笑んだ。
差し伸べられた手は、己のそれより小さいけれど。
卑屈で小さな自分を温めてくれる、大きな存在。
日陰の身である自分が日向の身である彼に惹かれたのは運命だろうか。
「政宗殿が暗い雨を嫌うなら、某がいつでも陽となってみせましょうぞ」
確かに、繋いだ。
伝わる温もり。
筆頭が暗い過去を思い出したらをしてたら幸村が癒してればイイよ的な話が書きたかったのです…。