花盛り
ぐぅと一つ伸びをすると佐助は茶屋の椅子から立ち上がった。
久し振りに任務から解放されて、休みを満喫している―――訳ではなかった。
城下の見まわりがてらに幸村への土産を買いに、少し離れた所まで来ていた。
「んー、今日も良い天気だ」
懐に大事そうに包みを入れて、佐助は来た道をゆっくりと戻って行く。鼻腔を擽る花の香りに目を細める。
「平和だなぁ…俺様平和呆けしちゃうんじゃない?」
独り言を呟きながらぷらぷらと歩いて川辺に差し掛かった時、目の前ではらりと何かが揺れた。
「ん?」
見上げると、薄紅色の花に彩られた小振りではあるが見事な桜。
「もうそんな季節かぁー」
戦に追われ、任務に追われ、ここの所忙しかったのでそんな事も気にする余裕もなくなっていた。
佐助は何かを思いついたように、その桜の前にある一軒の家を尋ねた。
「ただいま帰りましたよーっと」
トン、と庭に降り立つとそこには鍛錬中だったらしく、槍を持ち汗を拭う主の姿。
「佐助、遅かったではないか。城下で何かあったか?」
「いんやー、全然。平和そのものだったよ」
だからつい寄り道をー等とへらりと笑う佐助に幸村は困ったように笑った。
「お主に平和呆けされるのは困るぞ。戦が完全に終わったらいくらでも呆けるが良い」
「いくら何でも呆けたりしませんって。あ、それより旦那まだ鍛錬の途中でしょ?俺様が差し入れするまで頑張んなさいよ」
一頻り笑った後佐助はそう言うとお勝手に消えていき、幸村は佐助の差し入れを楽しみに鍛錬へと戻った。
「さてと」
佐助は持ち返った土産を懐から取り出して皿へと綺麗に盛る。それからまたごそごそと懐を探る。
「後はこれをこーして…」
暫くがたがたとお勝手を忙しく動き回っていた佐助が、満足そうな笑みを零したのは一刻程してからだった。
「旦那ぁ、そろそろ休憩に…って」
庭へ戻ってみると、縁側で寝そべっている主を見つける。そっと忍び寄ると、完璧に寝ているのが窺えた。
「疲れて寝るまで鍛錬するなんて…旦那らしいな」
くすりと笑うと、佐助は懐から掌大の袋を取り出してその中身を幸村の上に降らせていく。
「旦那、起きなよ。甘味だよー」
耳元で囁くと薄っすらと開かれる瞳。と、次の瞬間ぱちりと目を見開いて勢い良く起き上がった。
「佐助!これは…?」
「春のお届けですよ」
にこりと笑う佐助。幸村の上には桜の花弁が舞っていた。
「はい、団子」
すっと差し出された皿を見た幸村の顔が綻ぶ。
「なかなか粋な事をするな」
皿には幸村の好きな団子の他に桜餅と綺麗に剪定された桜の枝が乗っている。
「春だからね」
幸村は嬉しそうに微笑むと桜餅をぱくりと口に含む。
「おや、意外。団子の方いくと思ってたのに」
そう言いつつも佐助の顔にほんのり朱が差し、口元が緩んでいる。
「だって折角佐助が作ってくれた物だし…春だからな」
美味い!と叫ぶとひょいっとまた桜餅を頬張り、にこにこと笑う。
佐助はその幸村の言葉が嬉しくて、でも素直になれなくて。
「旦那は花より団子だな」
等と憎まれ口を叩いて、また笑った。
「なぁ佐助」
すっかり甘味を平らげ、満足そうな幸村をうっとりと見つめていた佐助は、急に名を呼ばれて危うく茶を噴出す所だった。
「ん、何?」
「明日は二人で桜を見に行こう」
「良いね、団子持って花見でもしよっか」
桜の舞い散る下、笑いながら下らない話をしよう。
きっと、二人なら一人で見るより花も綺麗だろう。
いつまで続くか解らない乱世に生まれた二人だから。
二人にとって幸せな時間になりますように。
佐助おかんが大好きです(知るか