抱き締めた温もりが恋しくなって、ふと腕の中を見る癖がまだ抜けなくて。随分大きくなった彼を見てもまだどこかに幼さを探す自分に苦笑する。
 いい加減自分を諌める言葉も聞き飽きた。でも、いつまでもこの現状を維持しているのも自分であって。
 そろそろ何か進展があっても良いと思いながら、この微温湯の様な心地の良い関係を壊したくないのも確か。

「佐助?」
 ぼんやりと、少し傾いてきた日の光を眺めていると、足元から声が掛けられる。
「如何したのだ、そんな所でぼんやりして」
 柔らかな目元が、口調が、大人になった事をやんわりと示していて、少し目を伏せる。
「や、そろそろ夕日が綺麗に見えると思って」
 ツキ、と微かに痛む罪悪感を隠す様に笑うと、彼も空を仰ぎ見て微笑む。そして何を思ったか急にこちらの傍に上がってくる。
「忍は高い所の方が落ち着くのか?」
 そう言いながらも屋根の上に腰掛け、満足気に頷いた。その顔が幼いそれと重なって、またツキと胸が痛んだ。
「別にそう言う訳じゃないけどさ、ちょっとでも高い所の方が夕日がもっと綺麗に見えるじゃない?」


 いつも、 強く 願う。 心が、 覗ければ 良いと。


 幼い頃の彼は何とも純粋な子供で。
 初めて出逢った時は物珍しさもあってだろう、それはもう、勘弁して欲しいと思う位質問攻めされたもんだ。
 あの頃の俺は何とも捻くれた子供で。
 初めて出逢う苛立つ位純粋な子供に、どう接して良いか解らなくて。むしろ接する気も更々無くて、冷たくしてはよく泣かせた。

―佐助は弁丸の事が嫌いで御座るか?
―好きとか、嫌いとかの問題じゃないんですよ。主と部下、只それだけなんです。
―弁丸は佐助の事が好きで御座る…だからもっと色んな事を知りたいのだ…。
―忍の事なんて、知っても知られても良い事なんて一つも無いんですよ。

 終いにはぐすぐすと泣き出した主に溜息を投げ掛けて、そのまま放っておいたりもした。
 好奇心の強い、鬱陶しい子供だと思ってなるべく自分から遠ざけた。
 それが、いつ頃からか二人の関係が変わってきて…主を心から主と思う様になり、主も心地の良い距離を保ち始めた。
 それがもう、いつからだったかなんて覚えていない位、緩やかな変化だった。

 そうして、気付いたら主の心が全く解らなくなっていた。

 あんなに自分から距離を取っていたのに、いざ彼の心が真意が解らなくなると、何も包み隠す事なく話してくれる幼い子に逢いたくなる。何て身勝手。

 気付かぬ内に、少しだけ触れた指先。その温もりを自分から離す事は出来なかった。チラ、と彼を見ると彼は気にした風でもなく空を見詰めている。
 その視線を追う様に、静かに目線を戻した。
「綺麗な藍だな…」
「綺麗な紅ですねぇ…」
 思わず吐いた言葉は同時に発せられた物で。お互いの言葉に顔を見合わせる。
「…ふ、ふははっ」
 笑い出した彼に、自分はきっと困った様な笑い顔をしているだろう。

―空は藍い
―空は紅い
―でも求めてる温もりは一緒

 そう、思っているのは自分だけだろうか?
「旦那…」
 覚えず掠れた声で呼べば、いつもの様に穏やかな顔で見詰められる。夕日の紅に染められた彼の顔はいつもよりずっと大人びて見えて、また少し胸が痛んだ。
「あの、さ…俺―――…」
 触れた指先に微かに力が籠もる。嗚呼、柄にも無く緊張してる。
「俺…―――」
 それ以上先を言うのを憚られた気がして言い淀んでいると、彼は何も言わず優しく穏やかな目でじっとこちらを見た。まるで先を言うのは自分しか居ないとでも言う様に、じっと。
「俺、さ―――…旦那の事…好きだよ」
 まるでその言葉を待っていたかの様に、彼の目はほんの一瞬だけ丸くなり、そしてすぐに細められた。
「…某も、佐助の事が大好きで御座る」
 力の籠った指先を、自分より暖かい指先がなぞる。
「某は…佐助の気持ちが解らなくて…なかなか言い出せなかった」
 それをまるで申し訳ないと言うかの様に、しゅんと俯く。それを重なったのとは別の指先で止めて目線を合わせる。
「…それは俺も同じだよ。昔のさ―…秘密の無い弁丸様に逢いたくなったりしてさ」
 眉根を寄せて笑うと彼は少し不満そうな顔をして、それでも目線は外さないで言葉を紡ぐ。
「そもそも某が佐助に何もかも話さなくなったのは、お前のせいではないか」
「え…?どう言う意味?」
「覚えてはいないのか?…お前が言った事、某は今でも覚えてるぞ」

―ねぇ、弁丸様。俺は貴方に全てを話す事は無いです、ですから貴方も俺に全てを話さないで下さい。

「えっ、何それ。俺、超酷い人じゃん」
 過去に告げた言葉に、どれだけその時の自分が主の事を何も知ろうとしていなかったか、今更ながら気付く。
「本当にな。その時はどれだけ泣いたか、どれだけお前の事を…嫌ったか」
 少し言い難そうに告げられた言葉に、思わず頭が下がった。
「…あまり、嫌いにはなれなかったのだがな」
 くす、と苦笑する声に顔を上げると、昔と変わらない笑顔に出合う。
 いつの間にか絡み取られた指、繋いだ手にじんわりと胸が暖かくなる。もう、胸の痛みは無い。
「…俺は旦那の明るさが、自分には不釣り合いで…解らなくて…自分の闇が曝け出される様な気がして―――…怖くて。業と遠ざけてたのかも」
 ふと、胸を衝く思いが言葉になって零れ落ちた。それが意外だったのか、繋いだ手に力が籠もる。
「…だが―――…闇が無いと明かりは見えぬよ。その逆もまた然り。某は佐助が居て、初めて自分の存在を確認出来るのだ」
 繋いだ手を胸に寄せ、大事そうに抱きしめて笑う彼。その笑顔が凄く…綺麗で。思わず片手で抱き寄せた。
「さす…っ」
「俺さ、こんなだから。こんな手で…旦那をこうやって抱き締めるなんて、出来ないと思ってたよ」
 素直に心から笑う事も出来ない自分だけど…こうやって抱き締めたいって気持ちは本当。
「―――…人の手は、大切な者を護る為、愛を包む為にある…お館様が某に教えて下さった言葉だ。佐助の手も、同じだ」
 耳元で強く囁かれた言葉に、泣きそうになった。
「俺…そんな優しい心に触れても良いの?俺、そんなん持ってないよ?」
「何を言うか。某がそんな心も持っていない者をす、きに、なると思うのか?」
 そう少し乱暴に告げた愛しい人に、おずおずと口付けを施すと擽ったそうな微笑を返されて。
「…そろそろ、寒くなってきたし、降りよっか」
 照れ隠しに少し早い口調。でも繋いだ手はそのままに。少し冷えた躯を抱き締めて暖かい部屋へと戻った。



 もう、心が覗ければ良いのに、なんて思わないよ。ちゃんと、聞くから。

 この手は、ちゃんと愛する人を護れるかな。愛を包めるかな。

 解らない、なんて答えるのは簡単だけど…護るよ。



求めた温もり 同じ温もり





 長くなりました。  R/Y/T/H/E/M/の万/華/鏡/キ/ラ/キ/ラ/を聴いて殴り書きました。
 佐幸ソング確定です。
 そしてヘタレ佐助万歳!(最低)