本陣に着いた時、そこにはもう宗様の姿が見えなかった。…何となく予想はしてたけど。
 何だかなぁ…宗様からしたら戦なんて慣れた物かも知れないけどさ、俺からしたら初陣なんだから…一言位話しておきたかったんだけどな。
 ま、言ってても仕方無いか。俺の気分的な事だし…ちょっと気まずいままだし、な。
「殿もせっかちな方ですね…どうやらもう戦は始まってる様です」
 綱元さんがどこか遠くを見ながら呟く。同じ方角に目をやれば、僅かだが煙の筋が見える。
 城を出たのは、確かに宗様よりも少し後だったけど、こんなに早く戦が始まるとは…。
「奇襲、って奴ですか?」
「あまり殿はそう言った事はされませんが…もしかしたら相手が仕掛けて来たのかも知れません」
 視線をそのままに、険しい顔で告げる綱元さん。…本当は宗様の隣に居たかったんだろうけど…俺が居るから、俺を護らなきゃいけないから…そう思うとちょっと罪悪感。
「綱元さん、ここは俺一人でも大丈夫ですから、政宗の所に行って下さい」
 その科白を聞いた瞬間、綱元さんは凄い勢いで振り返り、俺を見つめて益々険しい顔をする。
「何を言ってるんですか。私は殿の言付もありますが、ここに残っているのは私の意思でもあるんです。余計な気遣いは無用ですよ」
「ご、ごめんなさい」
「解って下されば良いんです」
 さっきの剣幕が嘘の様にいつもの笑顔に変わる。うは、この人怒らせると怖ぇー。怒る所初めてみたけど、キレたら笑顔で怒る人に違いない、うん。
「…少し、敵を侮っていた様です…殿、出番ですよ」
 綱元さんの言葉に振り返れば、数人の兵士さん達がまるで倒れ込む様に本陣へとやって来ていた。



 それからはまるで地獄だった。
 次々と現れる怪我人に、軍医に教わっていたとは言え、慣れない手当に俺はテンテコマイ。
 命に支障がない怪我人は、ほにゃららポケット(ちゃんと持って来て良かった)から消毒液やら包帯やらで応急処置。
 重傷の兵士さんにはケ●ル、と瞬時に怪我の具合を見極めて治療に当たっていた。
 それにしても、伊達軍にも結構な被害が出てるらしく、現れる怪我人は大人数では無いが途切れる事は無い。待機している綱元さんにも焦りの色が見てとれた。
「綱元さんっ」
 また一人ケ●ルで治療しながら名を呼ぶと、綱元さんが慌てて俺に駆け寄って来る。
「どうしました?」
「綱元さん、お願いがあります…政宗の所に、行って下さい」
 なるべく静かな声で告げると、綱元さんは一瞬息を呑んだがすぐに真剣な顔に戻る。
「それは出来ないと言った筈です」
「でもこれじゃ埒が明かない!早く戦を終わらせるには…怪我人を出さない為にも綱元さんが行くべきです。俺なら大丈夫、竜の爪がありますから」
 治療を終えて、綱元さんに向き直る。俺だって真剣なんだ…これ以上怪我人を出したくない。きっと俺の知らない所で亡くなってしまった人もいる筈だから…。
「綱元さん…」
「――-…解りました。ですが絶対に無理だけはしないで下さいね?何かありましたら直ぐに逃げて下さい」
「そんな、怪我人を置いて逃げるなんて…」
「駄目です。それが約束出来ないなら私も行きません」
 暫しの睨み合い………結局、折れたのは俺の方だった。
「解りました…約束します」
 そう言うと、綱元さんはにこりと笑った。そして俺の頭を軽く撫でると、ひらりと馬に跨った。
「申し訳ありませんが、ここは頼みます。…あぁ、そうそう。その耳と尻尾、可愛いですね」
「え、嘘っ?!って、気を付けてっ!!」
 遠退いていく綱元さんに声をかけると、遠目からでも手を上げたのが見えた。
 結構MPに気を付けてはいたけど、流石に結構な人数を治療してたからいつの間にか耳生えてたんだなー…。
 なんて言ってる暇は無いんだっけ。まだまだ手当しなきゃいけない人がいる。



 一体どの位の時間を駆け摺り回ってたんだろ。気が付くと本陣は怪我人で溢れていた。
 やっと一区切り付いて、辺りを見回すと同時に遠くから鬨の声が聞こえた。
「…終わったんだ…」
 言葉にすれば体から力が抜けて、その場にヘナヘナと座り込んでいた。
 頭がぼぅっとして、今更体が震える。
 正直、人が目の前で死ぬかもしれない、なんて初めての事態だった。でも怪我人を前にして震える暇なんて無かったから…今更恐怖が湧いて来たみたいだ。
殿、有難う御座いました」
 ぼんやり座っていると、治療した人が次々と声を掛けてくれる。
 …俺、ちゃんと役に立てたんだ…。凄い、嬉しい。
 ちょっと泣きそうになって、それでも無理矢理笑顔で応えた。きっと今の俺は情けない顔してるんだろうな。でも格好悪いなんて全然思わなかった。
「まだ、完全に治療した訳じゃないんで、安静にしてて下さい」
 声を張り上げて皆に告げると、頭を下げたり、お礼を言ってくれたり…。
 政宗達の事が気になって、本陣を出るがここからじゃ戦場は見えない。ぼーっとしてると不意に背後から声を掛けられた。
様」
 覚えのある声、だけどこんな所で聴くなんて思ってなくて、俺は吃驚して振り向いた。
「紫乃、さん…?どうしてここに…」
 掠れた声で問いかけると、優しい顔で微笑まれる。…何で女中の紫乃さんが戦場に…?
「まだ、気付かないの?」
 不意に耳元で聞こえた声に、再び驚いて目線を上げると同時に首筋に鈍痛。
 何で、とか、どうして、とか様々な疑問が頭の中を回ったけれど、口を開く間も無く、俺は意識を手放した。



 最後に目にしたのは、ニンマリと弧を描いた薄い唇―――…。