「、出陣の用意は出来たか?」
あれから…あの気まずい日から早くも七日。俺はとうとう初陣の日を迎えた。
結局あの日から宗様と一度も話す事は無かった。
戦に向けて宗様が忙しいのと、俺が訓練ばかりしてたのが重なって、擦れ違いばかりだったから。
「小十郎さん…準備って言ったって女中さんが全部整えてくれたんで、よく解らないんだけど。これで大丈夫かな?」
「あぁ、良いんじゃねぇか?」
初陣で戦をした事が無い俺は、本陣待機だから鎧は着けていない。
陣羽織から何から一式を選んだのは宗様らしく、朝方女中さんが着付けてくれた。
「しかし純白とは…目立つな」
「手当て専門なんで、目立つ方が良いんじゃないんですか?」
医者の白衣っぽいし。そう言えばこの時代でも薬師とかも白っぽい着物だよな。
「…そうだ、これを渡すように言われてな」
「…刀?」
こじゅが差し出したのは柄は黒、鞘は深い青で、鞘から柄にかけて龍を銀箔で捺した小刀。ちょっと見ただけで高価な物と解るそれだった。
「政宗様からお前にと。一応綱元を付けるが、何かあったらこれで身を護れ」
受け取るとズシリと重く、それが命の遣り取りに使う物だと思えば、更に重く感じる。
それにしても何でこんな高そうな物を…もっと安物で良いのに。
「…政宗は?お礼を言いたい」
「政宗様は今軍議中だ」
そう言って踵を返すこじゅを、気付けば引き止めてた。何だ?って顔で見下ろすこじゅ。
俺自身何で引き止めたのか、よく解んないんだけど…。逡巡して口を開いた。
「政宗に有難うって、それから気を付けてって…小十郎さんも」
「あぁ、解った。伝えておく」
こじゅが立ち去った後に手の中の刀を強く握り締める。…ちょっと俺、震えてる。武者震いって奴かな?
「情けねー、っ。しっかりしろ、俺」
パシンと一つ、頬を張ってしゃんと前を向く。そうだ、俺は命を護るって大切な役目があるんだ。震えてなんていられない。怖がってなんていられないんだ。
「俺は、俺に出来る事をする」
小さく呟いて、龍の刀をしっかり懐に納めた。大丈夫、俺には小さいけれど竜の爪がある。
「殿、そろそろ参りましょうか」
ふと背後から声をかけられ、振り向けば綱元さんの姿。…もしかして見られてた?
「覚悟は出来た様ですね」
うわ、やっぱり。ちょー恥ずかしいんですけど…!
「殿が仰っていた通りですね。殿なら安心して皆を任せられます」
「政宗が…俺の事、何か言ってたんですか?」
「えぇ、本陣待機とは言え殿なら初陣でもしっかり闘えると」
闘う、か…。俺はそんなに強くないと思うんだけど…でも、期待されてるんなら頑張らないとな。
「綱元さん、多分俺、自分の事で手一杯になると思うけど、宜しくお願いします」
「勿論、私はその為に居るんですから。貴方が貴方のやるべき事に専念出来るように」
にこりと笑った綱元さんの、その笑顔に励まされて俺も微笑んだ。
「では、どうぞ」
ひらりと華麗に馬に飛び乗ると、手を差し伸べて…ってまたもや王子様かよ。でも何か…綱元さんも似合うな…。
宗様が黒馬の王子なら、綱元さんは白馬の王子だ。
グイ、と意外と強い力で引き上げられ、綱元さんの後ろへと乗せられる。
「しっかり捕まってて下さいね」
おずおずと腰に両手を回すと、その手を上から強く押さえられる。
いよいよ、戦が始まるんだ…。折角与えられた力だ、絶対上手く使ってみせる!