―…私のした事はお前にとって迷惑だっただろうか?
不意に鈴の声が聴こえた。でもその懐かしい声に今はどこか寂し気、と言うか哀し気な色が含まれている気がして、俺は頭を振った。
「俺、楽しんでるよ。それにこっちに来て俺、何か変われそうなんだ」
それが何かとは今はまだ言えないけれど。それでも俺はこっちに来れて本当に嬉しいし、感謝してる。
―そうか…なら良い。私は傍には居れないけれど、こうして夢の中で話を聞く位は出来る。
「うん。そう言えば鈴は俺が居なくても大丈夫?」
―私の事は案ずるな。…、主はこの世界で主の信じた道を行け。
「どう言う…事?」
―その内解る。己を見失うなよ…。
鈴の声に被さる様に、誰かが俺の名前を呼んでいる。鈴の名を呼んでみても、反応は無かった。
「っ、鈴っ!」
「あ、起きた?」
目を開けば、そこには知った顔のどアップ…っておい!顔が近い!!
「さ、すけ…?」
「覚えててくれたんだー、俺様大感激♪」
いやまぁ、そらよくプレイしてたから忘れる訳は無いんだけど…って何か違和感。
マジマジと見ていたら、顔にいつものフェイスペイントが見当たらない。それだけじゃなく、トレードマークの忍べない迷彩じゃ無い…。
「ってか、お前何その恰好。それ、女中さんの…って!!!」
思い出した!!!さっき(?)俺が気絶する前に聞いたのは佐助の声だった…。って事は…?!
「紫乃、さん…?」
「やっと気付かれました?」
佐助から流れ出たのは、紛れも無く紫乃さんの声で。薄らと浮かべた笑みは、矢張りどこか紫乃さんに似ていた。
「お前っ、人の事置き去りにしたと思ったら、ずっと張ってやがったのか!!」
詰め寄ろうと飛び起きて、ぐらぐらと回る頭に思わず吐き気を覚えた。
「あぁ、急に動いたら気持ち悪くなるよ」
「先に言え!…ったくもー、お前本当に性格悪いのな」
ぐったりと横たわると、額に冷たい布が宛がわれる。よくよく見回してみると、見慣れない湖が目に映る。
「あれ、ここ、どこ?」
「ここ?甲斐の外れだよ」
「はっ?!おま、ちょ、それ誘拐じゃん!いや、もうむしろ拉致だよ!!どっちにしろ犯罪だよ!!」
あーぁ、もう。きっと宗様誤解してるぞ、俺が逃げ出した、ってな。
あの状況で俺が佐助に連れ去られる所を誰かが見ていたとは考えられないし、宗様との関係は悪化してた所だったし。
「そんなに奥州は居心地良かった?」
考え込んでいた事が癪に障ったのか、佐助は意地悪そうな顔で覗き込む。
そんなんじゃない、と呟いて顔を押し退けると、ふぅん、とつまらなさそうに鼻を鳴らされた。
「で、俺をこれからどうするつもり?」
「随分遅くなっちゃったけど、初めて逢った時に言った通り、甲斐に来てもらおうと思って」
「あの時と一緒で、俺の意思意見は無視で?」
笑いながら言うと、佐助もクスリと笑った。そして何も答えずに俺を抱き上げた。
…今度はお姫様抱っこで。
「馬鹿にしてんの?」
「違うよ、大切にしてるの♪」
そう言うと佐助は額の布を目の上まで下げて、上から押さえた。
「しばらく眠ってても良いよ、着いたら起こしてあげるから」
低い声が耳元で囁いたと思ったら、俺の意識はみるみる内に混濁していく。
どんな忍術使ったか知んないけど、ちょっと心地良いから許してやるよ。