顔を撫でていた風がふと止んで、重い瞼を開けるとそれに気付いたのか、佐助が顔を覗き込んできた。
「あらら、起こす前に起きちゃった」
少し驚いた顔に、俺って忍術も破れるのかも!とかちょっと嬉しかったり。ま、ぬか喜びだろうけど。
「でもまだ目が重い…」
「うん、でももうちょっとしたらスッキリするし、我慢、ね?」
くしゃりと髪を撫でられて、目を細めると本当に猫だねと笑われた。だって猫入ってるもん。
「あぁ、ここからだったら見えるかな」
「何が?」
「躑躅ヶ崎館。我等がお館様、武田信玄公のお住まいさ」
木の上から見下ろせば、そこには夕陽に照らされた、広い館と付近に拡がる綺麗に整備された大きな城下町。
「はぁー、凄いなぁ…!!きれー!!」
こんなに大きな城下町って、そんなに無いんじゃないの?これも信玄公のお力って奴かな。
「ん、ってか奥州から甲斐までって結構距離あるよな?」
「そうだね」
「何でお前こんな早く甲斐に着いてんだよ」
そりゃ確かに日は傾いてるけどさ、人足なら普通一日かかっても無理だろ!
「ま、忍びのやる事は何でもアリってね」
話しながら移動していたからか、さっきはあんなに遠く見えてた躑躅ヶ崎館が今はもう目前だ。佐助の移動速度が異常に速いってのもあるけど。
「大将ー。只今戻りましたよー」
え、と思う暇もなく。気付けば屋敷の庭に降り立っていた。忍びのやる事何でもアリすぎ!魔法使いか何かかよ?
「おぉ、佐助ぇぃ!!待ち侘びておったぞ!!!」
お、この暑苦しい声は…真っ赤な人だ!どうやら佐助の声を聞きつけて来たらしい。
おぉぉぉぉ、生ジャ●ーズ系だ!!格好良いけど可愛いー!!ほんとお犬様って感じだな!
なーんてジロジロ見てたら、目が合った。その瞬間、ボっと火を付けた様に顔が真っ赤になる。え、これはまさか…。
「なっ、さ、佐助ぇぇぇっ!破廉恥であるぞぉぉっ!!!」
生破廉恥頂きましたぁぁぁぁっ!!!!じゃなくて。
「…俺の一体どこら辺がどの様に破廉恥だったのか説明して頂きたい」
馬鹿デカい声に耳を押えて呟くと、佐助も疲れ果てた様子で頷いた。
うん、苦労してんだな、やっぱり。でもごめん、佐助。俺、お前の事嫌いじゃない、むしろ好きなんだけど…だけど!!
苦労してなきゃお前じゃない!苦労してるからこそ佐助なんだ!!!って心のどっかが偉く叫ぶんだ!!!
とか一人で滾ってると、頭上から零れる溜息。ヤベ、不埒な事考えてたのバレた?
「ちゃんが破廉恥って訳じゃ無いと思う…多分。取り敢えず…先にお館様の所行こうか」
うへぇ…ついにお館様とのごたいめーん!かよー。まだ心の準備って奴が出来てないんですけど。
なんて思ってても佐助に抱えられたままじゃ逃げる事も出来ず。
「マジで今から行くの?」
初対面が猫耳とか嫌すぎる。いや、マジで。やっぱ歴史上でも偉い人だし?
BASARAの中でもお館様はあの器のデカさと言い、あの熱血馬鹿かと思いきや意外と策士な所と言い、結構好きなんだよなー。
「先伸ばししても仕方ないでしょー?ほら、とっとと腹括る!」
言いながらも佐助の足は止まらない。何これ、やっぱ俺の意思なんて無視なんじゃん。
「猿飛佐助のイニシャルSSはどSの意味か…ド畜生っ!」
「なーに訳解んない事言ってんの」
少々呆れた顔をしつつも、クスクス笑う佐助を見て、あぁやっぱり格好良いなぁなんて思ったり。畜生、イケメンは敵だ。
広いお屋敷を何度も角を右、左と曲がっていく内に奥まった部屋に辿り着く。
静かに下ろされ、佐助の顔を見上げると、優しい笑顔を返された。
「そんなに不安がらないの。悪いようにはしないし、ならないよ」
やっぱりこの部屋に信玄公が居るんだよな…うー、緊張してきた。ポンポンと励まされる様に肩を叩かれる。
「大将、猿飛佐助、只今戻りました」
「うむ。待ち兼ねておったぞ」
威厳のある低い声が響いて、俺は自然とその場に正座していた。
いよいよ、対面の時だ。