スラリと襖が開かれ、俺は頭を下げた。
「お初にお目にかかります。と申します」
「うむ。儂は武田信玄と申す。この甲斐を統べる者だ」
知ってます…ってか威厳ありすぎです。威圧されて顔を上げられない。
「ふむ、お主が佐助の申しておった妖の者か。そう硬くならずとも良い」
佐助に促されて部屋へと通される。顔を上げよ、との声に恐る恐る顔を上げると、優しい瞳と目が合う。
「可愛らしい耳じゃのう」
え。そっから入るんですか。まさかの展開に言葉に詰まった。
「佐助から話は聞いておるぞ。お主はこの時代、と言うよりこの世界の者では無いらしいな」
「あ、はい。別の次元から来ました」
「ふぅむ…面白い事もあるものよ…」
そう言って信玄公は顎に手をやり、何かを考る仕草を見せた。
って言うか…俺、何で甲斐に連れて来られたんだろ?佐助から一切の説明は無かったし。
「ちゃん、耳ヘタってるよ」
小声で佐助に囁かれ、俺は思わず耳に手をやる。豪快な笑い声に信玄公を見やると楽しそうな顔。
「心配せずとも良い。お主を悪い様にする気は無い」
スっと立ち上がると信玄公はスラリと障子を開けた。眩しい位の陽の光が部屋へと入り込む。
「理由も出所も不明だが、お主の事が嘘も真も綯交ぜになり噂となって日の本に伝わりつつある」
「?!…どう言う、事ですか」
「その不思議な身元、そして不思議な力の事等も噂になっておる。この戦国の世、誰もがその力を欲するだろう。儂は悪しき事にお主を利用しようと言う輩からお主を護ってやりたいと考えておる。…儂もその能力を欲しておらぬと言ったら嘘になるが…」
そう言う信玄公は俺に背を向けている上、逆光でその表情は見えない。
でも優しい方だからきっと本心なんだろうな…。最後の言葉は言わなくても良かったと思うし。
「どうだ、。特に決まった主も居らぬのなら、この甲斐に腰を据えてみんか?お主がお主の居た世界に帰りたいと言うのなら話は別だが…」
振り返った信玄公は穏やかな目をしていた。でも俺はその言葉に固まった。
帰りたい…?今はそんな事は無い。でも帰りたくなった時、俺はどうすれば良いんだろう?鈴との連絡手段も解らないし、帰る時の事は一切聞いていない。
「…俺、は…いつ帰るかも解らない身です…」
それでも、ここに置いてもらって良いんですか…とは聞けなかった。もしそれで拒絶されれば俺は行く所が無くなる。
「構わぬ。お主がこの日の本に居る間、儂がお主に"場所"を与えたいだけよ」
優しい笑みに、俺は深々と頭を下げた。こんなに良くしてもらって、断るなんて俺には出来ない。宗様の事がちらりと脳裏を過ぎったけど、俺は元々伊達軍の人間じゃ無いしな。
「宜しく…お願い致します、お館様」
「これからはも甲斐の者だ。何かあれば遠慮なく儂に言ってくるが良い」
「有難う御座います」
ぺこりと頭を下げると、大きな手がわしわしと髪を撫で回す。いやーん、髪ぐしゃぐしゃやーん。
でも暖かいなぁ…凄い安心するー。知らない間に、目を細めてたらしく、お館様にまで猫だと笑われた。
「そう言えば真田の旦那、来ませんでしたねぇ」
ん?お犬様も呼ばれてたのか。今の今まで存在を忘れてたよ。
「幸村には儂から言っておく。佐助、お主はを案内してやれ」
それが終わりの合図だったのか。佐助が俺の肩を叩いたので、ぺこりと頭を下げて退室する。
「さて。これでちゃんも目出度く甲斐の人間?になった訳だ」
「…こんなんだけど一応人間扱いしてちょーだい」
「りょーかい♪じゃ、とりあえずちゃんの部屋に案内するね」
それは是非ともお願いしたい。正直、クタクタなんだよな。一応こちとら、戦帰りだし?
それにしても…やっぱこの時代の家?は俺には向いてない。屋内迷子だ。
辺りをキョロキョロと見回しながら佐助に付いて行くと、暫くしてピタリと止まる。
「ここがちゃんの部屋だよ」
やっと落ち着く事が出来そうだ。