波の音が聞こえる。
海なんて久しぶりだな…最後に来たのはいつだったけ。
まだ泳げない俺を豪快に海に放り投げる父さんと、それを笑って止めもしなかった母さんと…。
「殺す気かっ!」
叫びながら起き上ると、見た事もない部屋。枕元には火皿が小さな火を灯していて、窓の無い部屋を申し訳程度に明るくしている。
「あれ、この部屋…床が木だ。珍しいな」
起き上がって見てみれば、木の床に畳を置いてその上に布団を敷いていた。
部屋は暗くて全体は見渡せない…牢屋じゃ…ないよな?
まぁ、布団に寝かされてたって事はそこまで悪い扱いじゃないと思うけど…。
「…どうすっかなぁ…」
ぽつりと呟いた瞬間、ギィと音を立てて扉が開く音がした。
「よぉ、起きたのかい?」
うわ、この渋い声…もしかして…。
「俺の船にようこそ、神の子」
光る銀髪で灯りを弾いて、暗がりから出てきたのは西海の鬼―――長曾我部元親、その人だった。
「神の…子?」
「違うのかい?神の国から来て、不思議な力で人の傷を癒し、死人ですらも生き返らせるってな」
「…それは噂に背鰭、尾鰭、胸鰭までついてるよ」
笑ってやると、男は少し驚いた顔をした。
「何?」
「いや…。あぁ、手荒な真似して悪かったな。俺は長曾我部元親」
「俺は。まさか西海の鬼に逢えるとは思わなかったな」
言ってやると、元親は豪快に笑った。
「俺も随分と有名になったもんだ。神の子にまで名を知られてるとはな」
神の子、ねぇ…。まさかそんな噂が流れてるなんてな。しかもかなり大袈裟に、だ。
「それより…何で俺を?」
「本当に悪かったな。でもよう、それしか方法が無かったんだ」
「どう言う事だ?」
「―――ちょいと話は長くなる。外に出ねぇか?風が気持ち良いぜ」
プレイ中から思ってたけど…元親の話し方って、ちょっと宗様に似てるんだよな…。
あの日…あの暗い目がまだ脳裏をちらついて離れない。…困った事に。
「?」
「や、何でも無い。この暗い部屋から出れるなら喜んで」
鼻腔を擽る磯の香り。少し冷たい潮風に肩を竦めていると、元親が大きな羽織をかけてくれる。
「あ、ありがと」
「風邪でもひかれたら困るからな………神の子でも風邪ひくのか?」
「だから俺は神の子じゃないって。風邪もひくし」
「あ?でもは神の子だって…」
「確かに、傷を癒す事は出来る。でも俺は神の国から来た訳じゃないし、死人を生き返らせる事は出来ない…と思う」
治療の力があると言うと、元親は安心したのか白い歯を見せて笑った。
「悪ぃが、手を貸してもらいたいんだ」
「手を、貸す?」
「…今、瀬戸内には豊臣の軍が攻めて来ている。俺と毛利は一時的に手を組んで、毛利が今水軍を使って食い止めてるが…それもいつまでもつか…」
元親があの元就と手を組んでるって?!と言うか、元就が誰かと手を組むとは…。
「豊臣の軍は強大だ…毛利はお前を連れて来れば戦況は変わるって言って聞かねぇもんだからよ…」
「それで俺を…」
攫った、とは言えなかった。さすがに強引だけど…初めから言われていれば結局は俺は手を貸すって言っただろうし。
「良いよ、手伝う」
俺の言葉に元親は笑って、手を差し伸べた。元親の手は大きくて、熱かった。