触れた手にどきりとする。
それは常人よりはずっと冷たいのだけれど、思っていた以上に温かい。
「旦那…?」
自分を呼ぶ声もどこか熱を孕んでいる様にも聞こえてしまう。
「何でも…な、い…」
口を吐いた自分の声も聞いた事の無い程熱く声高で、思わず瞑った目からほとり、と水滴が落ちた。
只の疑問だった。
「佐助」
「何ー?大事な話?」
竃の前に立ち夕餉の準備をしながら、部下からの報告書であろう書簡を読む彼はやはり、涼しい顔をしている。
「…いや」
「ごめんねー、旦那。俺様ちょっと今忙しいから後にしてもらっても良い?」
「う、む。某の方こそ忙しい中すまぬ」
踵を返そうとした自分を、佐助の声が追った。
「旦那の話はちゃんと聞きたいからさ」
その言葉に、何故こんなにも頬が緩むのだろう?
「すまぬな、佐助」
そう言うと佐助は微笑んで「夕餉の後にゆっくり聞かせてね」と言ってまた視線を戻した。
「旦那ー、入りますよー?」
遠くから佐助の声が聞えた気がして、ふと我に返る。
「こんなに暗くなってんのに灯りも点けないで何してんの?まさか腹一杯になって寝てたとか?」
少し慌てた、困惑した様な声が近くで聞こえ、その直後に目の前が明るくなった。
「あ…もうこんな時刻で御座るか…」
「ちょっと旦那、大丈夫?体調でも悪い?」
「いや、一寸考え事を…」
「頭でも打った?」
―――…失礼な奴で御座る。
「んー…別に瘤は無いし…熱も無いねぇ」
一通り調べ終わると、ぽんと頭を撫でて佐助は目の前に座した。
「?如何したで御座るか?」
「あのね、夕餉の後に話聞くって言ったでしょうが」
大袈裟に肩を落としたかと思うと、急に上げた顔は真剣なものだった。
「考え事って、それ?」
「え?」
「暗くなってんのにも気付かない位、何か悩んでたの?」
少し眉根を顰めた佐助は、珍しく泣き出すのではないかと言う位の顔で。
「ち…違うで御座るよ!!!某は只、佐助が―――…」
「俺?俺様が、何?」
しまったと思った時はもう遅い。いつの間にかぐいと顔を両手で固定されていて。
「今、すぐ言って。俺様が何?」
「…温かいのだな」
不意に吐いた言葉に、佐助がきょとんとする顔を初めて見る。
「は?アンタ一体何言って…やっぱり頭―――」
「只疑問だったのだ。某は今迄何度も佐助と鍛錬をしているがお主が汗をかいた所を一度も見た事が無い」
真っ直ぐ、瞳を見詰めるにはお互いの顔が近過ぎて。自分の膝上で握り締めた手に向かって言葉を紡いだ。
「お主は何時も涼しい顔をしているから…忍が故、熱を持てぬのかと―――心配で…」
言い終えた途端、後頭部に鈍い痛みが走った。
何事かと伏せた目を上げると満面の笑みを浮かべた忍らしからぬ顔。
「旦那ってば俺様の事心配してくれてたの?」
「う…む」
「俺様大感激〜♪」
茶化すな!と怒鳴ってやろうかと口を開けたものの、そのまま声は出なかった。
佐助がほんのりと頬を朱に染めて、本当に嬉しそうに笑っている。
「でもさ…ちょっと熱、上げ過ぎちゃったかもね」
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