空が白んできた。
いつの間にか灯りは消え、俺はぼんやりと虚空を見つめていた。
…結局一睡も出来なかったな…。
重い頭のまま襖を開けると、遠くに太陽が頭を出しているのが見える。いつもなら高層ビルに阻まれて、日の出なんて見えないのにな…。
ズルズルとへたり込んで、襖に背を預ける。ぼんやりと明るくなっていく空を見つめていると、視界の端に何かが映った。
「…殿?」
掛けられた声に視線を移せば、そこには袴に身を包んだお犬様の姿。
「真田様…お、お早う御座います!」
ユルい頭が漸く相手を認識して、慌てて居住いを正すと、にこりと微笑まれる。
「その様に硬くならずとも…殿は我が武田にとって大事な方で御座る。気を使わないで下され」
「あの、どうぞと呼び捨てにして下さい。俺なんか、唯の庶民ですから」
そう言うとお犬様は一瞬困った顔を見せ、それから何故か頬を赤らめた。
「殿、で良いで御座るか?殿も、某の事を幸村と呼んで下され」
幸村、か…。一般庶民が偉いさんを呼び捨てにしても良いのかなぁ?
「んっと…でも俺…」
「某は元よりこの様な口調で御座る。殿も本来ならその様な堅苦しい口調では無いと思うのだが…」
あれ?…意外と幸村って賢いんじゃん←失礼極まりない。もっと阿呆の子かと思ってた←だから失礼(以下略)
「えっと、じゃぁ…幸村…で良いかな?」
嬉しそうに微笑まれて…いやいや、照れるわー。でも俺もそんなに賢くないからな、やっぱ普段の口調で良いんならそっちのが良いや。
「して、殿はこんな朝早くから如何されたのだ?」
「え、あぁ、何か寝付けなくて…そう言う幸村こそこんな朝早くから何を?」
「これから朝稽古で御座る!」
そう言えば袴姿だった。ってかその恰好って実は凄くレアなんじゃねーの?ちょ、写メ撮らせて下さい!って違うだろ。
「宜しければ、殿もご一緒されませぬか?」
「え、良いの?」
「体を動かすと、すっきりするで御座るよ」
ふわりと微笑まれて、正直驚いた。俺、そんなに解り易いかな…?寝付けないとは言ったけど、悩んでるなんて一言も言ってないのに。
んじゃま、早速!と思ったけど流石に着物では動き辛いな…。
「ごめん、着替えて来るから、ちょっとだけ待ってもらって良いかな?」
「無論!某の方から誘ったのだから、お気になさらずに」
宗様に貰った着物は佐助に持ってかれたみたいで、部屋には無い。さて、どーすっかな…。
部屋の隅に無造作に置いたポケットに手を突っ込んでごそごそと探る。俺の道着、出てこーい!
「よっしゃ」
手に確かな感覚。ずるりと引っ張り出せば手に馴染んだ懐かしい感触。少し古びたそれに手早く着替えると、何故だか心が引き締まる。
「お待たせー」
襖を開けると、先程と同じ格好で幸村が待っていた。俺をみて少し、驚いた顔をする。
「何?」
「いえ、少し見違えて―――…」
「あぁ…俺も道着なんて久しぶりだし…ちょっと気合入るよな、こう言う格好って」
何だか照れ臭くて幸村を道場へと急いた。
屋敷の敷地内に建てられた道場は、想像以上に大きく、しっかりしていて。礼をして入ると、綺麗に研かれた床が素足に馴染む。
「旦那、今日はちょっと遅かったんじゃない?」
不意に奥から聴こえてきた声に、驚いて視線を向ければ、向こうも同じ様な表情で固まっていた。
「…ちゃん…?」