「佐助…」
 昨日の事が気まずくて、言葉を探していると、佐助が先に口を開いた。
ちゃん、武芸とか出来るの?」
 その声音や表情は、既にいつもの飄々としたもので。どう返して良いのか解らなかった。
殿、獲物は如何致そう?」
「あ、えっと、竹刀、あるかな?」
「勿論で御座る!佐助、殿に竹刀を」
「はいよ。ちゃん、ついといで」
 佐助に言われるままに付いて行くと、武具等が置いてある小部屋に通された。
 薄暗い部屋に入った途端、佐助の手がダンっと俺の肩を壁に押し付けた。
「痛っ…」
 目の前に迫る佐助の顔は、昨日見た、あの冷たい目をしていて。
「…どう言うつもり?」
「…え?」
「昨日、アンタ言ったよね?人を傷つけたくないって…それなのに稽古に付き合うって、どう言う風の吹き回し?」
 責め立てる様な(いや、実際責めてんのか)低い声に、負けずに佐助を睨み付ける。
「俺の力は人を助ける為の力だ。………でも、俺を助ける為に誰かが傷つくのは絶対嫌だ」
「それで?」
「佐助の言ってる事、正しいと思う」
 言葉を切られて口を噤む佐助に、俺は言葉を重ねる。
「俺、やっぱ人を傷つける覚悟とか出来ないんだわ。根性無しって言われても構わない。…でも、俺の大事な物位は護りたい。俺が殺されるのも御免だしな」
 そう言って手近にあった竹刀を手に取ると、妙に晴れ晴れとした気分で佐助に言い放った。
「自分の身位は、自分で面倒見れるように…その為の稽古だ」
 佐助が何かを言う前に、俺は部屋を出た。今何か反論されたら俺、多分めっちゃ落ち込む。その位俺の精一杯を示したつもりだから。



殿!お手合わせ願いたい」
 竹刀を手に道場へと戻ると、準備万全!って感じの幸村が顔を輝かせて待ってやがった。
「えー…俺そんな強くないし」
 まだ死にたくないしなー、とか思ってるとシュンと項垂れるお犬様。ちょ、それ反則!めちゃくちゃ可哀想に見えるから!俺が酷い事したみたいじゃないか!!
「んじゃ、軽〜く、なら…」
 瞬間、パァっと顔が輝く。…本当、解り易いな。
ちゃん、防具ちゃんとしといた方が良いよ。旦那はすぐ火が点いちゃうから」
 背後から掛けられた声に、驚いて振り返ると困った様に笑う佐助の姿。
「佐助…」
「旦那、ちょっと待ってね」
 そう言ってテキパキと俺に防具を着けていく佐助。為されるがままの俺に小さな声で囁かれる言葉。
「参ったね…酷い事言って、ごめんね」
「え、」
「はい、終わり」
 ぽんと肩を叩いて、佐助は静かに壁際まで去って行く。…認めてくれたって、事なのかな?
「では、殿…参りますぞ!」





 朝日が眩しい。仰向けに転がった額に冷たい感触。重い腕を上げて布をずらせば、俺を覗き込む二つの顔。
「大丈夫?」
「申し訳無い、某…つい…」
 幸村の困り果てた顔に、俺はついつい噴き出した。重なる佐助の笑い声。全身痛い筈なのに、楽しくて。
 何か俺、吹っ切れたわ。佐助に突っ込んでもらわなかったら、大事な所でグダグダ言ったかも知んないし。
 幸村が誘ってくれなかったら、一人で変な方向に突っ走ってたかも知んないし。
「ありがとな、佐助、幸村」